三階席のメモ

三階席の素人客が、感想メモやら気になった記事をとっておいた。この場を借りて自身の備忘録とする。

『仮名手本忠臣蔵』「大序」の備忘録 〜〜感想編〜〜

出会いと自分の目で見た芝居

平成19年2月 歌舞伎座
師直=富十郎 若狭=吉右衛門 判官=菊五郎 顔世=魁春 直義=信二郎

この頃は高校生。学生風情ではいざ劇場へ!というお金もなく、テレビで見るのが精一杯。ましてや憧れの富十郎の師直だからかじりついて見た。(この頃3階B席2,500円だったと記憶。)

〽小鼻いからし」は膝にかけた右手がすべる、ふと股間を見て右、左の順に袖を掻き合せて前を押さえる。

そでねえにゃ大きな恥だ」など東京式の師直で世話味がち。(昭和61年2月の映像でも、同じように言っていた。)

吉右衛門の若狭は実事師だけにニン違いのような気もしてたが、まァ、富十郎吉右衛門菊五郎という劇界を代表する面々が同じ舞台に納まる興奮の方が勝った。

「早えわ」の部分など、富十郎の愛嬌の部分が勝るので、”仇討ち”がテーマでは欠かせない巨悪さは薄めだった。 

平成21年11月 歌舞伎座 
師直=富十郎 若狭=梅玉 判官=勘三郎 顔世=魁春 直義=七之助

念願の通しでの忠臣蔵歌舞伎座の建て直しをにらみ、「さよなら公演」と銘を打っての興行だった。歌舞伎座が芝居好きの集まる場所というよりは、観光地化がちょうど進んでいる頃合いだった。(平成20年あたりから毎月歌舞伎座に通っていたが、その頃は三階席の入はまばらで、勝手に席を移動していたものだ。「さよなら公演」と囃し立て頃よりそれは出来なくなった。)私もすでに大学生となっていた。足が悪くはなっていたが、富十郎の師直。演じ方などは今更変えようもないと思っていたが、一点、若狭を罵倒するところ、通常誰でも歌舞伎の入れ事で「バ、馬鹿な面だ」と言うところ、「うつけな侍だ」と言っていたのは、なにを参考にしたのだろうか。今でも却って耳に残っている。

人形身から警蹕で頭をさげる時、正面を向けばよいのにやけに直義の側に向いていた。それだけでも時代味が薄れる。キッパリ正面を向いたほうが良い。(と思ったら昭和2年11月帝国劇場所演の写真を見ると、皆が今よりは直義へ身体を向けている。)

〽小鼻いからし」は膝にかけた右手がすべる、ふと股間を見て右、左の順に袖を掻き合せて前を押さえる。

梅玉の若狭。知的で冷静に見えるこの人のニンではなかった。当時なら誰が適役だったであろうか・・・。芝居っ気ある橋之助あたりか? 案外若狭は適当な人を見つけるのが難しいような気がする。

顔世の魁春は美しい。この人からは幸薄いオーラが纏っているようで、意に沿わずかもしれないが役と重なり合うようで面白い。
蘭奢待を思ふまゝ、 内兜に焚きしめ着るならば」は、着るならばとこの時はしっかりと言っていた。

判官は勘三郎

平成25年11月 歌舞伎座 歌舞伎座新開場杮葺落
師直=左團次 若狭=梅玉 判官=菊五郎 顔世=芝雀 直義=七之助

歌舞伎座立て直しで商店街が3階にも設置された。これは迷惑だった。前の3階席ロビーは広々として静かで、その落ち着いた空間には芝居好きな人がソファーで語らいあう熱気があったがその光景が失われた。そして溢れるバスツアー客・・・。三階席ロビーから芝居の出来不出来を問う会話が聞こえなくなった。客が客を育てる雰囲気とでも言おうか、私もそれで育てられた部分があるから、世間の歌舞伎座新開場を祝う声を空虚に感じていた。

直義は七之助。前は「兄尊氏に滅ぼされし」で一旦切ってから「新田義貞」と続けていたが、今回は一息で言っていた。七之助は今回かなり台詞の研究をしたのではないかと思う。直義の台詞回しの口伝やら言い方を意識したのではないだろうか。(例えば、塩冶を”エンニャ”と発音。)

左團次はすでに七回目の師直だそうだ。羽左衛門から教わっているのだから、〽小鼻いからし」のところなども羽左衛門通りだった。皆々いる前では持ち前の厳しい顔が威厳を感じさせ、顔世と二人っきりになると綻ぶ具合は 不気味であるし、顔世を抱き寄せて胸をさわるいやらしさは前後で落差があって面白い。(羽左衛門の映像だと胸を撫で回していて驚いた!)

若狭は梅玉。潔癖なところは見えるが、熱気に乏しい。

平成28年10月国立劇場 国立劇場開場50周年記念
師直=左團次 若狭=錦之助 判官=梅玉 顔世=秀太郎 直義=松江

国立劇場らしい素晴らしい企画。平成の集大成としての忠臣蔵で、伝承の観点においても意義ある月と期待した。

松江の直義。本人も述べているが五十歳の初役として演じるとは・・・という感じだろう。甲声を出す努力の跡は見られるが、声が安定しない。

左團次の師直。師直一人のせいではないが、芝居全体が隙間風の通るような一幕であった。ドラマの始まりなのに何故ワクワクするものがないのか。見る側が芝居の流れを知っているから? いや、だとしたら過去に見た時だってそう思うはず。

 見ていて思ったのは、筋としてのドラマは承知だが、芝居としてのドラマ味(=役者の芸味)に乏しいことだ。とかく予定調和の度が過ぎる。そこには台本に沿っていつも通りの流れで動いているだけ。つまり、その場面場面に相応しい緊張感やドラマ性を役者自身が生み出せていないのだ。例えば、若狭に「卒爾かと存じまする」と指摘された後の師直の台詞が「だ・ま・れ・わ・か・さ」と平板な間で言っている。師直と若狭の関係に初めて火花が散り、二段目や三段目へと展開する大事なところだ。左團次のそれは頭の「黙れ若狭」から「すっこんでおいやれ」までの台詞を同じような間延びした足取りで進行する。そうした足取りの悪さというのが、後半の若狭とのやりとりにも見られるため、芝居としてのエネルギーの高まりを感じない。

例えば富十郎は「”だまれ”わ・か・さ」と「黙れ」を大きく時代に張りながらしかも足取りが早く、呂の声に落として「若狭」と続く。わずかなことだが、台詞の緩急により二人の仲に不穏な空気が生まれ、それが観客にとっても分かりやすい芝居の綾となる。私が富十郎が好きだったのは単に音吐朗々した点のみならず、こうした芝居の綾を作るのが上手だったからだ。(富十郎が喜怒哀楽を表現する台詞の、竹本の三味線の糸を受けるか受けないかの一瞬で発する台詞などは絶妙の間だった。このように息の詰んだ台詞は天下一品で、ドラマ性を生み出しダレず小気味が良いのだ。)

師直が不発の中で、錦之助の若狭は大健闘だったと思う。水浅葱の似合う颯爽とした風姿。人形身から返るところも、錦之助一人儀式性を重んじた心意気を感じるようなキッパリとした身のこなし。

梅玉の判官。判官自体は七代目梅幸に手取り足取り教わたものだという。元々備わる品の良さが役とだぶる。

秀太郎の顔世。 御前へ出され不安な顔つき、浮かない顔が印象的。師直に言い寄られたときの物憂しげな顔も良い。

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番外編(自分の目で見られなかった舞台)

ここからは、直接舞台を見た感想ではなく、自身の手元にある映像などを参考に感想を述べる。私の映像に対する態度は、プロフィールにも書いてあるが、それを絶対視しない。役者は日々工夫を凝らし、あるいは晩年に及べば身体の都合によって省略や演出にも変化が起こる。映像の断片だけでさも正解というようなことはあり得ない。あくまで「映像は参考に」

昭和52年11月歌舞伎座
師直=2松緑 若狭=17羽左衛門 判官=7梅幸 顔世=7芝翫

この月は東は歌舞伎座、西は中座と「忠臣蔵」がかかった、後の世まで語り継がれる東西競演の”大忠臣蔵”。役者自身も期するものがあっただろう。

松緑の師直。顔世を抱き寄せ「顔世どの顔世どの」懸想する時、17羽左衛門の師直もそうだが、顔世の乳房あたりを露骨に触っている。自分が見てからは肩に手を掛け寄せるのが精々であるから、ここまで好色味があるのかと驚いた。松緑羽左衛門、これが同じ学校で学んだ人の芝居であるかと感心もし、現代の芝居は薄味だから際どいくらいやってもらったほうが面白いと思った。  

〽小鼻いからし」は膝にかけた右手がすべる、軽く右袖で隠して顔世を見る程度。

昭和61年2月歌舞伎座
師直=5富十郎 若狭=12團十郎 判官=7芝翫 顔世=5時蔵

富十郎の「黙れ若狭」と一喝するあたりはすさまじい凄み。呂の声でも朗々と押してくるあたりに、いかにも権柄づくの奢りを感じる。

自身は晩年の富十郎しか知らない。この映像の50代後半、脂の乗り切った富十郎の師直は、感触が全く異なると思った。顔世に抱きついて口説くところ、単なる色ボケ爺ではない、「口説いて口説いて口説きぬく」に相応しいような意気の鋭さがある。今まで見た師直は、老人の戯言として「はいはい」と適当に受け流してはおけば、済みそうな感じの色ボケだったが、富十郎のには、それは通らない気味の悪さが感じられる。

〽小鼻いからし」は膝にかけた右手がすべる、ふと股間を見て右、左の順に袖を掻き合せて前を押さえる。

時蔵の顔世は、「鬢の髪に香を留めて」で鬢付近を右手で添える仕草に色気がある。

芝翫の判官は兜を持って引っ込む前、顔世と目をあわせ軽く頷く。

「還御だ」〽御先を払うて」で幕にする。

平成7年歌舞伎座
師直=17羽左衛門 若狭=5富十郎 判官=7菊五郎梅幸初日より休演) 顔世=7芝翫

8彦三郎の直義。「兄尊氏に滅ぼされし新田義貞」と一息で言っている。

17羽左衛門の師直。〽小鼻いからし」は膝にかけた右手がすべる、キッパリと左肩付近まで右袖を上げて股間を隠し顔世を見る。
一番驚いたのは顔世を抱き寄せるところで乳房を撫で回している。本にはよく昔はだいぶ下品でスケベな師直もいたという評を見たがなかなか実感がなかった。見た師直は上品すぎたのだ。しかし映像に残る羽左衛門の師直は、私の目から見ればスケベ満載。同じ学校で学んだ羽左衛門と2松緑の師直は自分にとり衝撃だった。

平成14年10月歌舞伎座 赤穂義士討入三百年
師直=2吉右衛門 若狭=5勘九郎 判官=3鴈治郎 顔世=2魁春

吉右衛門の師直が腰掛けているのは箱合引だろうか。こうした演り方があるのかと、上演パンフレットを手に入れて確認したいところ。

〽下心ある師直は小鼻いからし」で顔世へ顔向けながら、わずかに膝詰めで前に乗り出して膝にかけた右手がすべる、股間を見て右袖、左袖の順で前で掻き合せる。

顔世を抱き寄せるだけで露骨さはない。この月吉右衛門は七段目の由良之助も演じている。師直と由良之助を演じられるなんてこんな幸せなことはないだろうなあ。